ショパン作曲 「華麗なる大円舞曲」

先日、妹と話していたら、妹の娘Sちゃん(私にとっての姪っ子ですね)が近々あるピアノの発表会でこの曲を弾くために、今いっしょうけんめい練習しているとのこと。

Nobuyuki Tsujii plays Chopin's Waltz No.1 “Grande valse brillante”

辻井伸行/ショパン:ワルツ 第1番 変ホ長調 Op.18 《華麗なる大円舞曲》

(1) Nobuyuki Tsujii plays Chopin's Waltz No.1 “Grande valse brillante” - YouTube

えええ?Sちゃんよ、君はまだ小学4年生か5年生くらいじゃなかったっけ??

すごいなあ~。子どものパワーはすごいものです。

お、アシュケナージのレコード発見(・∀・)
良いですね〜。


この「華麗なる大円舞曲」は1833年、23歳の頃、ショパンが初めて発表したワルツです。

この頃のショパンは、祖国ポーランドを離れ、ウィーンに移住していました。

当時のポーランドはロシアからの独立運動が高まっており、ロシア軍によるワルシャワ侵攻が勃発したため、難を逃れるためでした。その時の悲しみ、怒りを表現し、作曲したのが、以前も取り上げたことのある「革命のエチュード」になります。

【クラシック徒然草】ショパン作曲 練習曲ハ短調作品10-12 「革命のエチュード」

(このころは、「クラシック徒然草」は記事の後半に書いておりました。下にスクロールしてみてください。)

移住先のウィーンには、すでにシュトラウス兄弟が確立したウィンナーワルツ文化があり、ショパンは「ワルツ」というものがなかなか書けなかったようです。

祖国ポーランドを愛しているけど、泣く泣く祖国を離れ(ショパンは体が弱かったので軍隊には入れなかった…もしかしたら劣等感のようなものも感じていたのかもしれません。)、移住先の底抜けに明るいウィーンのワルツには馴染めなかったのかも…なんか気持ちはわかります。

底抜けに明るいウィンナーワルツ・ポルカもいいんですけどね(^_−)−☆

【クラシック徒然草】鍛冶屋のポルカ/シャンペン・ポルカ

このようなショパンの心情があってか、ウィンナーワルツの表面的な華やかさと一線を画すショパンらしい雰囲気があり、でもワルツなんだからちゃんと踊れる曲!という、ショパンのふるさとを思う意地のような思いで作られたのが、この「華麗なる大円舞曲」のようですよ。

さて、Sちゃんは上手に弾けるようになったかな?楽しみにしてるね!