チャイコフスキーの序曲「1812年」

最近、われらが福岡のプロオーケストラ九州交響楽団のこのニュースを見かけて、おやおや?と思いました。

「1812年」九響も演奏中止 チャイコフスキー作曲「嫌悪感抱く聴衆も」(読売オンラインより。外部リンク)

他も少し検索してみましたが、いくつかのオケが「1812年」を演奏中止にする判断をしているようです。

私はこのニュースを見て、

せっかく、大砲役の大太鼓は気合入ってただろうに...かわいそうだわ!

きっとシンバル、腕パンパンになるほど練習しただろうに...ざんねん!

と、打楽器プレーヤー目線の感想がまずは浮かんだのですが(^-^;

いやいや、ちょっと待てよ。「1812年」って

帝政ロシア国歌の旋律などを交え、露軍が仏軍を撃退する様子を表現。ウクライナ侵攻が続く状況にはふさわしくない...

なんですと?そんな曲だったっけな???

今のこの時期だからこそ、この曲の本当の意味を考えてみようと思い、少し調べてみました。

チャイコフスキー 1812年(序曲)ボストン・ポップス Boston Pops Fireworks Spectacular 2015

(4) チャイコフスキー 1812年(序曲)ボストン・ポップス Boston Pops Fireworks Spectacular 2015 - YouTube

今のこの時期、賛否両論あるのかもしれませんが…

この演奏、純粋に、とっても楽しいです!

チャイコフスキーが意図したであろう「1812年」の演奏のスタイルを全て、忠実に実現している演奏のように思います。例の大砲(空砲)もあり(これ、ちゃんとチャイコフスキー先生の指示どおりなんですよ)、花火もあり、これこそ野外コンサートの醍醐味(^_-)-☆終盤、子どもたちのブラスバンドも入ってきて、ブラスアレンジされているのも楽しい!

それでも、この曲は悪い曲なのでしょうか?

そもそも、この曲のタイトルになっている1812年とは、何が起こった年なのでしょう?

1812年は、ナポレオン率いるフランス軍が当時のロシアに攻め入り、一時は首都のモスクワまで占拠されそうになりながらも、ナポレオンの侵攻を阻止した年です。

攻めたり、攻められたり。世界の歴史は、皮肉なほど悲しい繰り返しですね。

その1812年の約70年後、チャイコフスキーはある大聖堂(フランスとの戦いで犠牲になった人たちの冥福を祈る目的の、日本でいうお寺さんですよね。)の完成をお祝いする式典で演奏する曲を友人に依頼され、作曲を引き受けました。これが「1812年」です。

序曲「1812年」とか、祝典序曲「1812年」と呼ばれるのは、式典の冒頭で演奏することを想定していたためです。

いわば、戦後70年の戦没者追悼式典のために、チャイコフスキー先生が曲作ってくれた、みたいな感じ、かな。

さてこの曲は、打楽器目線で聴くと曲の流れ、構成がわかりやすいように思います。

  • 冒頭は弦楽器で奏でられる、ロシア正教のいわば“讃美歌”のような美しいメロディー。大聖堂の完成のお祝いですからね。
  • 一変して、オーボエの物悲しいメロディーが、フランス軍が近づいてきているロシア民衆の不安、胸騒ぎを表しているようです。
  • 小太鼓がジャッ、ジャッ、とフランス軍の行進が近づいてきています。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の断片が聴こえてきます。
  • 激しいメロディーが続き、ロシアとフランスの戦いの様子を実況しているよう。この間も「ラ・マルセイエーズ」が断片的に出てきては引っ込んで、を繰り返します。
  • 一転してまた美しい弦楽のメロディー。トライアングルの音色が、寒さの厳しい、でも澄んだロシアの田園風景の空気を表しているようです。そして、タンバリンのリズムにのってロシア民謡をモチーフにした旋律が続きます。
  • そしてまた、小太鼓と「ラ・マルセイエーズ」でフランス軍が攻めてくる、はい!出ました!大砲!
  • 大聖堂の鐘(チャイム)が鳴り響き、ロシア国歌も重なって、ナポレオンの侵攻を阻止できた喜び、戦いが終わり平和な時代が訪れたことの喜びを、祝砲を鳴らして、花火を打ち上げて、国民みんなで盛大にお祝いしてフィナーレ!

一言で「この曲はロシア軍の勝利を想起させる」と片付けてしまうのは、あまりにも曲に対する扱いが雑、と思ってしまいます。

改めて聴いて気付かされましたが、この曲は自国(ロシア)が勝ったのですが侵略国(フランス)の国歌もふんだんに使い、自国と敵国の国歌を重ねてメロディーとし、最後はお祝いムード満載で終わっているんです。

ラ・マルセイエーズももともとは、フランス国民が自国を誇りに思い、市民の権利、自由を掲げる歌ですから、チャイコフスキーも単に「ロシアが勝った!」という思いではなく

「戦いは終わった。お互いの権利を認め合い、犠牲者を悼みながら、未来へ進んでいこう!」

そんな、前向きな思いで作った曲なのではないかな?と、この曲を聴きながら、なんだか悔しい気持ちになりました(T_T)

チャイコフスキーは、悪くない。

「1812年」も、悪くない。

芸術に、罪はない。

この曲がまた、世界中の人に親しまれる曲として演奏される日を楽しみにしています。